クリエイティブ関連 企業情報

ツイート

斬新ながらちょっとした優しさや温かみが感じられ、つい顔がほころんでしまう。
FLaPP Design Studio（フラップデザインスタジオ）の岡田 心（おかだ しん）さんがデザインするものからはそんな印象を受ける。彼は名古屋に拠点を置き活躍するプロダクトデザイナーだ。

数々の受賞歴を誇る岡田さん。独立までの経緯を伺った。
「大学では空間デザインについて学んでいました。それから自転車メーカーに入ったんですが、やはり家具などに興味があり、キッチンメーカーを経てオフィス家具のメーカーに4～5年いました。」

望む仕事を求めて転職したはずなのに、独立を決意したのはなぜだったのか？
「オフィス家具のメーカーでは主に大手のOEM製品を作っていて、そこではなかなかユーザーに自分たちの声が届かない。それならば独立して、自分の思いを形にしたいと考えるようになってきた頃、個人としての仕事も少しずつ入ってきていたので、思い切ってやってみることにしました。」

時間をかけて構築する人間関係

「独立して間もない頃、あるディレクターの方と1年半ほど一緒に仕事をさせていただく機会があったんですが、その方に言われたのが、『ファックス１枚、メール１通でものを作るようなデザイナーになっちゃだめだ』ということでした。」
そのとき、どうしたらそうではない付き合いができるのだろうと感じていたという。

「富山のある仏具メーカーとの仕事で、はじめて呼ばれたときにホテルではなく、社長のお宅に泊めていただいたんですね。それからは打ち合わせで富山に行くといつも泊めていただいて、ときには社長の息子さんと夜中まで話したり。すると昼間の会議室よりも何倍も話が進んだりすることもあるんですよね。そのとき「あーこれだったんだな、あのとき言われたことは」と実感しました。」
まっすぐに相手の懐に飛び込んでいくことが、人間関係を築くことにつながっているのだろう。

「当初は、地元へ戻ってきたばかりの社長の息子さんが仏具だけではなく、他のものも作りたいという話でした。でも彼の好きな雑貨をひとつ作ったところでたぶんうまくいかないと思った。そこで3年間僕と一緒にやっていく覚悟があるならやりましょうと話をしました。いろいろなノウハウも必要だし、資金もいる。それ以前に僕らが、社長や職人さんと信頼関係を築いていくことが重要でしたから。だからまずは仏具をひとつ作って、それからでも好きなことをやったらいいんじゃないかといって作ったのが、cherin（ちぇりん）という『おりん』です。」

そこまで踏み込んで話ができたのも、家族経営が多い地場産業だからこそ。また何度も通うことができるフリーならではのフットワークの軽さも活かされたようだ。
「実際、cherinを作るのに1年半くらいかかりました。何度も何度も足を運んで、社長も職人さんも含めて話し合いながら、練りに練って。他では作れない形にしなければ意味がないですからね。」

そうして関わっていくうちに、お互いの思いがきちんと伝わっていると実感する出来事があったそうだ。
「納品のときに、色を塗る前の生地の状態で欲しいという問屋さんがあったんです。普通ならメーカーさんはデザインした僕に相談してどうするか決めると思うんですが、それもなく断ったんですよ。「一緒に時間をかけて作ってきて決めた色だから、それを好きな色にして売りたいなんてとんでもない！」と。それくらい僕の気持ちを理解してくれていた。みんなで生み出した我が子ですからね。本当にこの人たちとやってきてよかったなぁと感じる瞬間でした。」

現場でこそ生まれるアイデア

岡田さんが手掛けたプロダクトで、つい手に取ってみたくなるかわいらしさのある、今までに見たことのない三角形の枡。2011年グッドデザイン賞を受賞したこの大橋量器とのコラボレーション『すいちょこ』も、そんな現場とのコミュニケーションの中から生まれたものらしい。

2011年グッドデザイン賞受賞

「枡って使ってみると檜の香りがするし、楽しい気分になれるすてきな道具だと思うんです。でも人に聞くと升酒を飲んだことがある人って、意外と少ない。だからちょっと人目に触れる仕掛けをして、興味を持ってもらうことができないだろうかと。」
しかし形を変えてみようと思ったものの、枡はもともと四角いもの。三角形や五角形に組むのは大変で、逆にコストが掛かり、値段があがってしまう。
「四角の枡をカットすれば三角になるんじゃないかと思って。事前にデザインでは出していたんですが、職人さんも首を傾げるのでその場で枡を切ってもらいました。するとみんな一同に納得。確かに三角形になるんだと確認して、そのあとは枡の厚さや飲み口、持ちやすさなどの使い勝手を職人さんたちと検討していきました。」
もともとの工程を変えず、枡のカットする面を変えるだけでこの三角形を作ることができたのだ。

「このすいちょこから枡に興味を持ってもらい、「いや三角は枡酒として邪道だ」とか、「枡はやっぱり四角だな」と思ってもらってもいいんです。実際に使ってみると枡って日本酒だけじゃなく、ココアなんかも意外と檜の香りと合っていておいしいんですよ。」

大橋量器とのコラボレーション。
加湿器「ますと」

自分だけの「きっかけ」を見つけ出す

現在、母校や他大学で教えるという立場でもある岡田さん。今の学生に対してはどんな思いを持っているのだろうか。
「僕自身、大学に入るのも出るのも１年余分にかかっているし、全然エリートではないけど、それでもここまでやってきている。教えている学生の中でも、うまくいってなくて下を向いている子がいるんですけど、僕はそんな彼らの気持ちがわかるので、なんとかしたい、これからうまくいく道があるということを示してあげたいと思っています。」

「僕はコンペに出していた時期があったんですが、それまで自分には関係のない世界だと思っていたんです。きっかけは大学の時からの友人が、プロダクトデザインの中でも1、2を争う有名なコンペで賞を取ったことでした。すごいなぁっという思いと同時に、もしかしたら僕にも出来るんじゃないかなと思って…。（笑）勘違いかもしれないけど、それが行動を起こすきっかけでしたね。そのおかげで今、富山の人たちとのつながりがあるんです。」
人それぞれ我が身を押し出すタイミングは違う。それをきっかけとしてポジティブに受け入れることで、違った未来がある。

「salt＆pepper」
富山プロダクト
コンペティション2007
グランプリ

笑顔を作るデザインには "ちょっとだけ" がスパイス

そんなフラップデザインスタジオ岡田心さんがデザイナーとして心がけていることはなんだろうか。
「口元を少し緩ませられるものですね。クスッて笑いたくなるような。口元が緩むと会話が弾んでコミュニケーションも増えるでしょ？そんなちょっとだけ楽しくなるようなことをデザインでプラスできたらと思っています。」
少年のような笑顔で岡田さんは語る。

「デザイナーはかっこいいもの、楽しいもの、より生活が良くなるものを提案しているはず。けれど、100人中100人を同じように幸せにすることは、僕にはたぶんできない。でもそのデザインされたかっこいいものから"ちょっとだけ"気持ちよかったり、"ちょっとだけ"きれいだったり、"ちょっとだけ"楽しく感じさせることはできるかもしれない。それによって毎日、少しずつ笑顔を増やすことができたら…。そんないつものものに"ちょっとだけ"プラスになるものを作っていけたらいいなと思っています。」

巷には形だけ見れば目を惹くようなものが沢山あるのに、不思議と温かみが感じられる岡田さんの作品。それは少しの笑顔を目指して、人と人とのつながりという温もりの中から生み出されているものだからこそ、感じられるものなのかもしれない。