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2011/10/26 update
ヒット商品を生み出したのは、中小企業の技術魂とチームの絆。
〜NOOK誕生物語〜
世の女性ならば、誰もがお世話になっている"毛抜き"。
最近、この"毛抜き"にヒット商品が誕生したという。その名も「NOOK(ヌーク)」。
写真をご覧いただければおわかりの通り、NOOKはとてもカラフル。毛抜きとは思えないポップなデザインで2009年のグッドデザイン賞を受賞している。
ヒットの要因はこの見た目の可愛らしさかというと、それだけではない。
NOOKはなにより使い勝手が良いのだ。最大の特長は、先端部分の丸い形状と、本体のしなり。
この丸みとしなりには、深刻な景気後退の中、オリジナル商品の開発に生き残りをかけた中小企業の高い技術力と思いが込められている。
2009年の
グッドデザイン賞受賞
リーマンショックが与えた存続の危機
NOOKには、高度な『鍛造』という製造法が使われている。
『鍛造』とは金属に圧力を加えることで、しなやかさと強度を高めながら成形する金属加工の塑性加工法の一種。昔から日本刀などの刃物の製造技法として用いられていたとのこと。NOOKには、岐阜県が誇る日本刀の製造技術が生かされているのだ。
作っているのは、岐阜県郡上市のミサト工業。金属プレス加工を中心に、自動車部品を製造している中小企業だ。
社長の川嶋さんにNOOK 誕生までのお話を伺ったのだが、まず驚いたのは、なんと複数の中小企業によるチームで生まれた商品であるということ。
「デザイン、企画、製造、営業、販売などを、それぞれ得意とする企業が担当し、チームを構成しています。」
そのなかでミサト工業は、製造と販路開拓、及び営業を担当している。
「NOOK誕生のはじまりは、OEMの受注減少からでした。長年、ウチは大手自動車部品メーカーの金属加工をやっていたんですが、2008年のリーマンショックを機に徐々に案件数が減ってきて、一時は70%ダウンまで落ち込みました。」
このままでは危ない。なんとかして生き残るために、川嶋さんは自社でオリジナルの商品を作ることを考えた。が、しかし、
「なにしろ自動車部品しかつくったことのない会社ですから、どんな商品にウチの加工技術が生かせるのかまったくわからなくて。。。」
そんなときに、偶然出会ったのが"GO.TECH"の道家(どうけ)さん。
道家さんは当時、岐阜県関市で航空機部品メーカーの金属加工を請け負っていたが、ミサト工業と同じくリーマンショック以降、危機的な状態に陥っていた。
「もうOEM受注だけに頼っていてはいけない。技術を生かしたオリジナル商品を作らなくては…」。生かせるのは、刃物の街ならではの金属加工の技術。
「よし、毛抜きを作ろう。今までにない新しい毛抜きを。」
道家さんはさっそく、デザインウォーターの鷲見さんにデザインをお願いすることにした。
ありそうでなかったカタチ
「今までにない毛抜き」と、道家さんから依頼されたデザイナー鷲見さん。最初はずいぶん悩んだという。
「毛抜きの先は尖っているもの。その概念から抜け出せなくて苦労しました。そんな時たまたま道家さんから、鍛造加工を使えば金属はしならせることができる、という話を聞いたんです。」
鍛造で成形すれば、金属はしならせることができる。しならせることができれば、離れている2枚の金属板をしなやかに密着させ、接地面を広げることができる。
つまり、今まで点でしか接地していなかった毛抜きのキャッチ部分を、面にすることができることに鷲見さんは気がついた。
「従来の毛抜きは尖った部分の先端、つまり点で毛をつかんで抜いていた。その点を面にすれば、一度に数本の毛をつかむことができる。さらにその面の形を円形にすれば、どの方向からもつかむことができるし、直接肌に触れる部分は丸い方が痛くない。肌に優しい。」
なんという優しい心遣い。
肌を傷つけない毛抜きというのは、今までありそうでなかったかも。
「このアイデアが出た瞬間は、結構興奮して。すぐに道家さんに報告しましたよ。"すごいこと思いついた〜っ!"って(笑)。」
先端が丸いので
肌に当たっても痛くない
アイデアと思いだけでは、商品化できない
鷲見さんから報告を受けた道家さんは、すぐさま金属を削り出し、現在のNOOKの原型となる試作品を検証した。
この形状で本当に毛をつかむことができるのか・・・?
試作品は、見事、面で毛をつかんだ。
「これならいける!新しい毛抜きの誕生だ!となったんですけど、商品化するには定量生産できる体制がないと。」
NOOKの武器は絶妙なしなり。しなるから円形のキャッチ面で毛をがっちりつかむことができる。これには相当高度な技術が必要なんだと道家さんは言う。
「僕のところだけではどうしても量産できなくて、これは無理かもしれないと挫折しかけたとき、ミサト工業の川嶋さんと出会ったんです。2009年3月のことでした。」
ここでNOOKチーム主要メンバーの3人がつながった。
自動車部品の加工で磨いた高度な技術
NOOKはミサト工業が中心になって製造することになり、なんと3カ月後の2009年6月には、量産体制を構築したという。
3カ月間は試行錯誤の日々だった、と川嶋さんは話してくれた。
「NOOKは独特な構造をしているから、従来の毛抜きの工程では作れないんです。」
たとえば普通の毛抜きであれば、2枚の板を溶着させた時、それぞれの板の長さが多少ズレていても、後工程で先端を研いで長さを揃えることができるが、内側の面を研いで完成させるNOOKは研ぎながら長さを調整することができない。あらかじめ2枚の板のキャッチ面がピッタリと合うように正確に成形し、均一に曲げなければならないのだ。
「それには100分の1ミリ単位での精度が必要なんですよ。」
ひゃっ、100分の1ミリって!すっ、すごい!
NOOKを成形するマシン
トライ&エラーを繰り返し、さまざまな壁を乗り越えて、ようやくNOOKは完成した。
ゼロからスタートした販路開拓
NOOKの発売は2009年の12月。
どうせならニュースのあるデビューを、ということでグッドデザイン賞の受賞発表と同時に発売をスタートさせることにしたのだが、すぐには売れなかったという。最初はネットとショップの販売を合わせても1日10本程度。
「僕らは今まで営業とか販売とか、全然したことがない。当然、販売ルートなんて知らない。でもまぁ、とりあえず動くしかないと思って、ひたすら人を訪ねて話を聞いて。SNSを利用したり、出て行く先でマーケティングしたり、モニタリングしたり・・・とにかく思い浮かぶ情報収集は全部やりました。一方でNOOKを置いてくれるお店を探しに、足を使っていろんな所を営業しにまわりました。そうしていたら、東京のシップスさんという会社が販売に協力してくれると言ってくれて。」
販売にシップスが加わり、現在のチームのメンバーが揃った。
それからしばらく、川嶋さんたちの地道な努力の甲斐もあって、テレビや雑誌などで紹介されるようになり、売り上げも少しずつ伸びていった。
続いてチームが新たに取り組んだのは、毛を切る道具「KIIR(キール)」。
見た目はNOOKそっくりだが、内側に円形の刃が付いている。
どれどれ?私は試しに自分の髪の毛を1本切ってみた。
すると、パチンという音とともに枝毛がハラハラと。
これは気持ちいい!くせになりそうな感覚。
KIIRは枝毛以外に、眉毛や鼻毛、むだ毛の処理にも使われているらしい。
「NOOKもKIIRも抗菌作用のある特殊な合金でできていますから、見えないところやデリケートな部分の処理に向いてるんです。」と川嶋さん。
KIIRは男性のニーズも多いらしい。
ピンチのときこそ、諦めない気持ちが大切
リーマンショック後の深刻な経営状況のなか、川嶋さんがこれだけのスピードで挑戦を続けてこられたのはなぜだろう。
「もう後がないという経営者としての危機感と、クオリティの高い製品を作るという技術者としての使命感ですね。」
もちろん、それだけじゃない。
「明確なビジョンを持つこと。そして、それを具体的な数字にして、計画的に考え、実行すること。考えるだけじゃだめ、実行に移すこと。周りを動かすためにも、まず自分が動かないと。ピンチのときこそ、自分を信じて粘り強く動かなければ、何も変わらない。」
全体的に柔和な雰囲気の川嶋さんだが、その内面はとても芯が太く、強い人だと思った。
こうして、NOOK誕生までのお話を川嶋さん、鷲見さん、道家さんに伺っていて、ふと気付いたことがある。
女性が出てこない。
ポップなカラーに可愛いデザイン。肌を傷つけない丸い先端。
どの角度から当てても、きちんと毛をつかめる構造。
軽い力でも充分グリップできる、しなり。
オンナゴコロをくすぐるポイント満載だから、私はてっきり女性が開発に参加しているのかと思っていたのだ。
「実はアラフォー男だけで作ったんですよ(笑)。」と川嶋さん。
意外!男性だけで作っていたとは! “三人寄れば文殊の知恵” じゃないけど、それぞれが知恵を出し、力を合わせたから、女性に優しい商品が誕生したんですね。
まぁでも、このお3人、とても優しくて紳士的ですから、きっと女性にモテるでしょうね〜。
(ゆき)
NOOKチーム 紹介
鷲見 栄児(DesignWater)デザイナー
デザインは、世の中が良くなる、楽しくなるものでなくては、と思っています。じゃなきゃ、わざわざ作る意味がない。見た目が面白いとか、装飾的に新しいとか、そういうものじゃなくて、世の中がもっともっと良くなるデザイン。それは元気になるのか、便利になるのか、優しくなるのかわからないけど、ちょっとでも世の中が良くなればと思ってデザインしています。NOOKはすごくユニバーサルなものができたと思って満足しています。赤ちゃんに使っても安心だしね。世の中の毛抜きが全部にこれになればいいのにね(笑)。
道家 剛史(GO.TECH.)企画/製造
NOOKの言い出しっぺは僕です。僕のムチャ振り(笑)に鷲見さんが応えてくれて、川嶋さんが協力してくれて、最初に想像していたものよりずっと良い物ができた。NOOKチームのみんなのおかげです。途中、何度か挫折しそうになったんですけど、みんなの支えと、あとは職人の意地で乗り越えました(笑)!デザイナーのイメージをカタチにするのが僕の役割だと思っているから、どんなに高度な加工を求められても絶対に諦めたくないんです。NOOK、KIIRに続く新商品?いろいろ考えていますよ。まだ話せないですけどね〜。