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2011/10/03 update
出会いがつなぐ伝統工芸。人と技で進化し続ける有松の絞り。
すごい職人さんに会った。
職人さんはみんなすごい技術を持っているが、私が今回出会った職人さんは、技術はもちろん、ハートがすごい。
名古屋市緑区有松。名鉄有松駅から旧東海道の面影が残る古い町並みを抜けた国道沿いに、その職人さんはいた。
久野染工場4代目、久野剛資さん。
9月半ばとは思えないほど日差しが強く暑い日。工房にお邪魔したとき、久野さんは隅でなにやら作業をしていた。
ランニングシャツ姿で。
絞り職人という職業柄、作務衣でも着ているんだろうという私の勝手な想像は、しょっぱなから見事に覆されてしまった。
あの・・・今日は撮影もさせていただきたいのですが・・・。と声をかけると、
「あ〜はっはっは、そうだねぇ。いやいや今日は暑いもんだから。上に何か羽織ってくるわ。わっはっは。」
工房の入口
なんて陽気で元気で、気さくな人なんだろう。
私が職人さんに対し持っていた"ちょっと怖くて気難しいイメージ"と、全然違う。
取材を始めてすぐ、久野さんが熱く話してくれたのは未来のクリエイターへの期待だった。
「若いクリエイターにもっとたくさん出てきてほしいんだよね。下働きで終わるんじゃなくて、これからはクリエイターがクリエイションで自立して、活躍できる環境が必要なんだよ。世界に対しても、ちゃんと日本の文化をアピールできる力を持たないと。そういう人を育てていかないと。だからね、僕は僕が持っているものなら、なんでも提供したい。その役に立つなら。知識でも技術でもなんでも。」
久野さんの横には現役美大生の石川さん。自ら久野染工場に足を運び、クリエイターをめざす若者の一人。取材を見学させてほしいとのこと。
真剣な顔つきで話を聞く姿は初々しくもあり、頼もしくもあり。
夢に向かっている人の顔っていいなぁ。
「今日は単独で実習しに
来ました!」と石川さん
"伝統工芸"だけじゃない、有松絞り
有松に生まれ、有松で育ち、大学を卒業し、ごく自然に家業の絞染色を継いだ久野さん。それ以降、絞りの技術開発と若手人材の育成に力を入れている。
有松絞りの歴史は長い。約400年前、尾張藩が藩の特産品として保護し、街道を行き交う旅人たちに故郷への土産物として売るようになったのが始まりらしい。この地方は三河木綿や知多木綿など木綿の生産地にも近いことから、昔から手拭や浴衣の絞り染めが有名で、久野染工場でも以前は浴衣が中心だったという。
江戸時代の面影を残す町並み
「父の時代まではね。でも僕が目指しているのは、絞りをテキスタイル加工の一つとして定着させること。和服用の布地というイメージから脱却して、有松絞りの素晴らしい技をファッションやインテリア、ファブリックの素材として活用させたいんだ。」
実際、久野さんの絞りはさまざまな製品に使われている。
イッセイミヤケ、ニコル、ヨウジヤマモト、コシノヒロコ・・・。
そうそうたるファッションデザイナーとのコラボレーションをはじめ、ティファニー丸の内東京店のカーテンを手がけたり、舞台衣装やインテリアにも進出するなど、久野さんは絞りの普及のために活動する傍ら、新しい加工技術もたくさん開発している。
新しい絞りの技術
これも絞りなんですか?と、思わず聞いてしまったストール。絞りの技術と素材の特性を生かした加工らしい。
正直、驚いた。
絞って模様を染めるだけが、日本の絞りと思っていた自分の発想の古臭さを実感。。。
同時に、久野さんの発想の斬新さに感心した。すごい!
久野さんがすごいのは、これだけじゃない。本当にすごいと思ったのは絞りを知ってもらうために、自分の持っている技術や知識を、包み隠さず見せて、教えて、伝える姿勢だ。
出会いが世界を広げてくれる
「伝統工芸の世界というのは、とかく閉鎖的になりがち。その垣根を取り払いたいんです。」と話す久野さん。
ファッションやインテリアへの展開だけでなく、一子相伝で受け継がれてきた絞りの技術や知識を、後世にも広く伝えていくための資料を作ったり、絞りの工程や技術を直接見たいという人のために工房を開放したり、体験教室を開いたり、美大生に直接教えたりと、さまざまな取り組みを通じて絞りの文化を伝え続けている。
そのなかで、多くの人と出会うことができたという。
頑なに伝統を守り続けているだけでは、出会えなかった人たちから、久野さん自身が学ぶことも多い。
たとえば、資料づくりに協力してもらった化学者について、
「これからの絞り染めには、化学の力も必要なんです。工程の中には薬品を使うこともあるしね。化学者の人たちと話をすることで、僕もたくさんの知識を得ることができた。それから、ファッションやインテリアのデザイナーたち。彼らとの仕事は刺激になりますよ。感性がすごい。どんどん新しいものを生み出し、ちゃんとカタチにするんだから。あとは、クリエイターをめざしている学生たちだね。僕は毎年、名古屋芸術大学の学生たちをインターンとして受け入れているんだけど、彼女たちの発想力と吸収力はすごいよ。僕が教えた事をすぐに自分たちのものにして、新しい発想で、新しい絞り染めを考えてくる。こんな物を作りたい、こんな絞りを試してみたいってね。」
彼らとの出会いのなかで得るものは大きいと、久野さんは感じている。
「僕が持っている技術や知識を提供したり、教えたりすることで、逆に感性やパワーを得ることができる。それが次なる絞りの未来へつながるというか、ヒントをもらうことができるんです。出会いが僕自身の世界も、絞りの世界も広げてくれる。」
そうか。久野さんはいろんな人との出会いを自分の力にしているから、こんなにもエネルギッシュなのか、と納得してしまった。
若い感性で生まれ変わる絞り
そんな久野さんと出会った人の中に、人生の道筋を見つけることができた人たちがいる。今年3月に名古屋芸術大学を卒業し、久野染工場に入社した伊藤木綿(いとうゆう)さんと、村口実梨(むらぐちまり)さん。
彼女たちは学生時代に久野さんと出会ったらしい。なんでも大学の授業で、久野染工場に来たとか。
「京都のブランドSOU・SOUの若林さんが講師をしている授業で、地下足袋を染める授業があったんです。それまでの絞りのイメージは"渋い"とか"年齢が高い"とか、正直あんまり良いイメージじゃなかった。でも、実際に有松に来て久野さんに指導してもらって、イメージが変わりました。」と、伊藤さん。
カラフルな手拭い
村口さんは「久野さんのおかげで、絞りの面白さや可能性を知ることができました。毎日が驚きと発見の連続で、すごく充実しています。」と、話してくれた。
染めあがったばかり
絞りの魅力に出会った彼女たちは、久野さんの技を教わりながら作品を作り、久野さんの後押しで自分たちのブランド "まり木綿" というショップまで持たせてもらったという。
なんて羨ましい!
そんな二人を、まるで娘を見るような目で見守る久野さん。
「彼女たちは、自分がどんなものを創りたいか、どんな方向に向かっていきたいのかが、しっかり見えている。だから僕は技術を教え、伝え、後押ししているんです。」
駅前にあるショップ『まり木綿』
久野さんは、若いクリエイターたちの可能性を信じている。
「伝統の技術を学びながら、新しい技法も生まれてくるかな。素材も時代に合わせて変わるし、その中で絞りも変わるだろう。今、大切なのは、いいものをつないでいくこと。原点を失わずに伝えていきたい。僕の役割は、『伝統の中から生み出された文化を伝達すること、つなぐこと。そして地域のモノづくりを活性化させること』だから。」
かわいい地下足袋
ブレない強さ
最初に伺ったお話から久野さんは一貫している。ブレていない。感心しながら話を聞き終えると、突如、見知らぬ外国人の方たちが現れた。
え?え?何が始まるの?
オロオロする私を横目に、Tシャツを糸でくくり始める人たち。
どうやら、絞り体験をしにきたらしい。
「体験教室はね、絞り染めを身近に感じてほしくて始めました。もう30年くらいやっているかな。いろんな人が来てくれる。もっとたくさんの人に有松絞りを知ってもらいたいし、もっと身近な絞り染め屋さんになりたいから、僕はこれからもずっとこの教室を続けていくつもり。」と、うれしそうな顔の久野さん。
長時間に渡る取材にもかかわらず、常に笑顔で明るく応じていただきました。
デザインから絞り、染色、
糸ぬきまで教えてもらえる
では、最後の質問。
久野さんにとって、絞りとはなんですか?
「すべて。僕から絞りをとったら何も残らないよ。僕には絞りしかないからね。わっはっは。」
僕には絞りしかない。
この言葉にすべてが集約されているのだと感じた。伝統工芸を受け継いだ者の責任とか覚悟とか。
久野さんのすごさは、心の強さなんだと思う。決してブレない強さ。追い求める強さ。でもそれを感じさせないあたたかさがある。だから多くの人が魅かれ、集まってくるんだろうな。
私はこの出会いで、何かを得ることができただろうか?
出会いを力に変えるのは、出会った人の数や属性ではない、本人の思いの強さなんじゃないかと、久野さんのお話を聞いていて、なんとなくそう思えた。
何を得られたか。いまはまだわからないけど、まぁ急ぐことはない。ゆっくり考えよう。
(ゆき)
スタッフ紹介
伊藤 木綿 (いとう ゆう)
【所属】まり木綿
【職種】店長
【入社年】2011年5月
【出身校】名古屋芸術大学
【ニックネーム】ゆうぴょん
【血液型】O型
【特技】ダンス
【興味のあること】ハーブと筋トレ
★ワタシPR★
健康にはちょっとうるさい22歳です。今日は私がお店の担当、明日は村口です。一日交代で工房とお店に分かれて仕事をしています。
仕事をしていて嬉しいのは、お店に来たお客様に「有松の中で一番カラフルなお店だね」とか「かわいい有松絞りね」と言ってもらえた時。今までの有松にはない、カラフルでポップな絞りを自分たちの手で作りたいと思っているから、すごく嬉しいです。私にとって絞りは、新しい出会いや関係をつないでくれるもの。
今は、先のことをあまり考えずに目の前にあることに全力を注ぎたいです。頑なにならず、時代に柔軟に対応できる久野さんのような職人さんになれたらいいな。
村口 実梨 (むらぐち まり)
【所属】まり木綿
【職種】副店長
【入社年】2011年5月
【出身校】名古屋芸術大学
【ニックネーム】こまり
【血液型】A型
【興味のあること】ダイエット、映画鑑賞、カフェめぐり(名古屋でオススメのカフェを教えてほしいです!)
★ワタシPR★
今日は私が工房で絞りを作っています。
色には特に気を使っていて、カラフルで個性のあるかわいい柄を出すようにいろいろ工夫しています。柄や色は伊藤と二人で決めますね。お店に並べる商品も二人で決めます。久野さんは私たちに任せてくれるから、好きにやらせてもらっています(笑)。
これから寒くなってくるので、冬物のワンピースや長袖のシャツの絞りにも挑戦してみたいな。素材が変わると、染料の配合や色の出方が異なってくるので大変かもしれないけど、自由にやらせてくれるので、楽しみです。
久野さんに感謝!!